2023年12月05日
令和5年12月2日 「古都大津・歴史 散 策 港町・宿場町大津と大津城跡を巡る」ガイド報告
今年度4回目の歴史街道ウォークは古都大津・歴史 散 策 港町・宿場町大津と大津城跡を巡る約7キロの探訪でした。
好天に恵まれましたがかなり冷え込んだ日でしたが30名の方の参加があり、ガイド8名で対応しました。
集合日時:12月2日(土) 10:00
集合場所:京阪膳所駅前
◇行 程(約7Km)
JR膳所駅(集合)→義仲寺→石場港跡→琵琶湖の石垣→石場の常夜燈→小舟入の常夜燈→大津御用米会所跡→大津城の石垣(展示)→彦田稲荷神社(彦根藩蔵屋敷)→大津港公園(昼食)→大津城外堀→露国皇太子遭難の碑→札の辻→大津宿本陣跡→本長寺(代官の菩提寺)→犬塚の欅→近松寺(高観音)→大津城跡(外堀→三の丸→中堀→二の丸→内堀)→川口公園(中堀跡)→明日都浜大津(本丸跡)→京阪びわ湖浜大津駅(解散)
定刻には参加者全員が揃い、出発前を1班と2班に分け、班のメンバー確認のあと出発しました。
膳所駅前で挨拶、コース、注意事項の確認をしました。

この後1班が先行し、2班は膳所駅の歴史についての説明をしてからの出発になりました。

最初の訪問は義仲寺。

ここでは義仲寺の成り立ちをはじめ芭蕉との関係も説明しました。
次いですぐ近くの呼込松児童公園で、鉄道ができたころの琵琶湖畔の話をしました。

この後、琵琶湖畔の紫の道の一つである源氏香の植え込みについて話をしました。

石場の常夜燈では矢橋の渡しと瀬田の長橋について話をし、集合写真を撮りました。 元気な男の子たちが撮って欲しいと言って、最前列に並びました。

少し戻って、信号を渡り、京阪電車の線路わきで昔の琵琶湖の水際の確認と、当時京阪と国鉄は軌道幅が違っていたのでレールが片側3本あったと説明しました。

京阪電車の踏切を渡ったとこにある「下平蔵町」は鬼平犯科帳で有名な長谷川平蔵とは関係なくて、早崎平蔵であることを説明しました。
次いで、小舟入常夜燈で、ここからは主に伊勢参りの人たちが舟に乗ったと解説しました。

地面に示されてた大津御用米会所跡の標識は道路改修時になくなってしまいましたが、会所の説明をしました。

この後、ビルを建築するときに発見された大津城外堀の石を使って一部再現した外堀の石垣、坂本城と一緒に移動してきた坂本の人たちの話もしました。
昼食は、オスと浜大津の5階で摂りました。 暖かでほっとしました。
午後は説明ガイドが交代し彦根藩の蔵にあった彦田稲荷神社から始まりました。

次いで観光で日本に来ていたロシヤ皇太子が襲われた大津事件が発生した付近で、事件について説明しました。

旧東海道・現京町通を西に向かい、札ノ辻の紹介の後、大津宿本陣跡で説明です。

歴代代官の墓がある本長寺の後、犬塚の欅のところで、比叡山に追われていた蓮如を守った愛犬の話を紹介しました。
長等公園の高観音近松寺のところで、関ヶ原の合戦に向かう西軍を足止めした京極高次ついて話し、大津城天守が大砲による砲撃にも壊れなかったことを説明。 言を担いで大津城天守の部材が彦根城天守閣に利用されたとのこと。
紅葉の長等公園で川口関から移設された石橋等について説明しました。

大津城外堀、中堀、内堀の現在の場所を示しながら説明しました。これは中堀跡の辺りです。

川口関は現在は川口公園になっていて、その説明をしました。

江若鉄道線路跡の大津絵の道を通り、大津城本丸跡にある明日都浜大津の3階でガイドを完了しました。

今回は2班ばかりのレポートになってしまいましたが、参加された方々は楽しまれた様子でした。
次回は令和6年度になります。 コース等はこれから立案予定です。
おやじのたまり場活動カレンダー
【入会等のお問い合わせ】
おやじのたまり場~シニアサロン・大津~
〒520-0047 大津市浜大津4 丁目1-1 明日都浜大津1F 大津市市民活動センター内
E メール :0811salon@gmail.com
携帯:090-3862-2849(恒岡)
大津市ボランティアセンター
明日都浜大津5F 大津市社会福祉協議会内
電話:077-525-9316 FAX:077-521-0207
好天に恵まれましたがかなり冷え込んだ日でしたが30名の方の参加があり、ガイド8名で対応しました。
集合日時:12月2日(土) 10:00
集合場所:京阪膳所駅前
◇行 程(約7Km)
JR膳所駅(集合)→義仲寺→石場港跡→琵琶湖の石垣→石場の常夜燈→小舟入の常夜燈→大津御用米会所跡→大津城の石垣(展示)→彦田稲荷神社(彦根藩蔵屋敷)→大津港公園(昼食)→大津城外堀→露国皇太子遭難の碑→札の辻→大津宿本陣跡→本長寺(代官の菩提寺)→犬塚の欅→近松寺(高観音)→大津城跡(外堀→三の丸→中堀→二の丸→内堀)→川口公園(中堀跡)→明日都浜大津(本丸跡)→京阪びわ湖浜大津駅(解散)
定刻には参加者全員が揃い、出発前を1班と2班に分け、班のメンバー確認のあと出発しました。
膳所駅前で挨拶、コース、注意事項の確認をしました。
この後1班が先行し、2班は膳所駅の歴史についての説明をしてからの出発になりました。
最初の訪問は義仲寺。
ここでは義仲寺の成り立ちをはじめ芭蕉との関係も説明しました。
次いですぐ近くの呼込松児童公園で、鉄道ができたころの琵琶湖畔の話をしました。
この後、琵琶湖畔の紫の道の一つである源氏香の植え込みについて話をしました。
石場の常夜燈では矢橋の渡しと瀬田の長橋について話をし、集合写真を撮りました。 元気な男の子たちが撮って欲しいと言って、最前列に並びました。
少し戻って、信号を渡り、京阪電車の線路わきで昔の琵琶湖の水際の確認と、当時京阪と国鉄は軌道幅が違っていたのでレールが片側3本あったと説明しました。
京阪電車の踏切を渡ったとこにある「下平蔵町」は鬼平犯科帳で有名な長谷川平蔵とは関係なくて、早崎平蔵であることを説明しました。
次いで、小舟入常夜燈で、ここからは主に伊勢参りの人たちが舟に乗ったと解説しました。
地面に示されてた大津御用米会所跡の標識は道路改修時になくなってしまいましたが、会所の説明をしました。
この後、ビルを建築するときに発見された大津城外堀の石を使って一部再現した外堀の石垣、坂本城と一緒に移動してきた坂本の人たちの話もしました。
昼食は、オスと浜大津の5階で摂りました。 暖かでほっとしました。
午後は説明ガイドが交代し彦根藩の蔵にあった彦田稲荷神社から始まりました。
次いで観光で日本に来ていたロシヤ皇太子が襲われた大津事件が発生した付近で、事件について説明しました。
旧東海道・現京町通を西に向かい、札ノ辻の紹介の後、大津宿本陣跡で説明です。
歴代代官の墓がある本長寺の後、犬塚の欅のところで、比叡山に追われていた蓮如を守った愛犬の話を紹介しました。
長等公園の高観音近松寺のところで、関ヶ原の合戦に向かう西軍を足止めした京極高次ついて話し、大津城天守が大砲による砲撃にも壊れなかったことを説明。 言を担いで大津城天守の部材が彦根城天守閣に利用されたとのこと。
紅葉の長等公園で川口関から移設された石橋等について説明しました。
大津城外堀、中堀、内堀の現在の場所を示しながら説明しました。これは中堀跡の辺りです。
川口関は現在は川口公園になっていて、その説明をしました。
江若鉄道線路跡の大津絵の道を通り、大津城本丸跡にある明日都浜大津の3階でガイドを完了しました。
今回は2班ばかりのレポートになってしまいましたが、参加された方々は楽しまれた様子でした。
次回は令和6年度になります。 コース等はこれから立案予定です。
文責 山本 真
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〒520-0047 大津市浜大津4 丁目1-1 明日都浜大津1F 大津市市民活動センター内
E メール :0811salon@gmail.com
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大津市ボランティアセンター
明日都浜大津5F 大津市社会福祉協議会内
電話:077-525-9316 FAX:077-521-0207
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令和4年11月12日街道ウォーク・琵琶湖疏水その3報告
令和4年11月12日(土) 琵琶湖疎水シリーズ その3参加者募集
令和4年6月25日街道ウォーク・『瀬田唐橋~近江国庁関連遺跡巡り』報告
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Posted by シニアサロン大津~おやじのたまり場~ at 18:11│Comments(0)
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