
2017年10月19日
10月ウォーキングの報告)
10月18日(水)地下鉄烏丸線今出川駅に27名(遊々クラブ8名含む)が集まりました。今回のウォークは「応仁の乱」ゆかりの史跡を巡り。
今年は何故か「応仁の乱」ブーム。関連書籍もよく売れているとのこと。歴史の時間に応仁の乱は教えられましたが、「応仁の乱」は理解不能でした。その戦いの影響が、京都の町が焼け野原になる程影響が大きかったにもかかわらず。戦ったのは歴史上の地味な人物。また戦いの目的もそれほど明確でもなく11年も戦いが続いたという不思議な大乱。
今回のウォークはすべて「何々跡地の碑か、または説明板」。それでも歴史のロマンを感じながらワイアイガヤガヤと楽しくお話もしながら歩きました。また歩いた西陣界隈はまだ古い町家が残されており、その風景も楽しみながら歩きました。
小路をあちこち曲がり訪ね歩いたせいか、途中で迷子(迷老人)が出る始末。
「応仁の乱」ゆかりの跡地を歩いても、もちろん乱そのものの理解はできませんでしたが、ただ一つわかったことは、「西陣」の地名の由来。この知識を参加者全員で共有して円町駅で解散しました。
当日は秋雨前線の停滞する中でのつかの間の晴れ間、天候にも恵まれ有意義な1日を過ごすことができました。(中島記)
当日歩いたコース
地下鉄烏丸線今出川駅(集合)⇒足利将軍室町第跡⇒上御霊神社(応仁乱勃発の地碑)⇒百々橋(どどばし)合戦の跡⇒宝鏡寺(人形寺)⇒山名宗全屋敷跡⇒西陣跡(京都考古博物館前)⇒千本釈迦堂⇒北野天満宮⇒JR嵯峨野線円町駅(解散)約7キロ平坦コース
今年は何故か「応仁の乱」ブーム。関連書籍もよく売れているとのこと。歴史の時間に応仁の乱は教えられましたが、「応仁の乱」は理解不能でした。その戦いの影響が、京都の町が焼け野原になる程影響が大きかったにもかかわらず。戦ったのは歴史上の地味な人物。また戦いの目的もそれほど明確でもなく11年も戦いが続いたという不思議な大乱。
今回のウォークはすべて「何々跡地の碑か、または説明板」。それでも歴史のロマンを感じながらワイアイガヤガヤと楽しくお話もしながら歩きました。また歩いた西陣界隈はまだ古い町家が残されており、その風景も楽しみながら歩きました。
小路をあちこち曲がり訪ね歩いたせいか、途中で迷子(迷老人)が出る始末。
「応仁の乱」ゆかりの跡地を歩いても、もちろん乱そのものの理解はできませんでしたが、ただ一つわかったことは、「西陣」の地名の由来。この知識を参加者全員で共有して円町駅で解散しました。
当日は秋雨前線の停滞する中でのつかの間の晴れ間、天候にも恵まれ有意義な1日を過ごすことができました。(中島記)
当日歩いたコース
地下鉄烏丸線今出川駅(集合)⇒足利将軍室町第跡⇒上御霊神社(応仁乱勃発の地碑)⇒百々橋(どどばし)合戦の跡⇒宝鏡寺(人形寺)⇒山名宗全屋敷跡⇒西陣跡(京都考古博物館前)⇒千本釈迦堂⇒北野天満宮⇒JR嵯峨野線円町駅(解散)約7キロ平坦コース